年末にPCを組もうと思ってメモリの価格を見た瞬間、ブラウザをそっ閉じした――そんな経験をした自作PCユーザーは少なくないはずです。
「いつか下がるだろう」と思っていたら、下がるどころか垂直登坂を続けているのが現状。この異常事態、通称「DRAMパニック」の裏側で、一体何が起きているのでしょうか。
衝撃のニュース:Crucial撤退
2024年12月3日、米Micron Technologyが衝撃的な発表を行いました。消費者向け事業部門である「Crucial(クルーシャル)」ブランドの事業を廃止すると発表したのです。
「迷ったらCrucial買っとけ」と言われるほどの定番ブランドが消滅する――これが何を意味するか、お分かりでしょうか。
Micron自体は存続します。しかし、「自作erのような一般消費者にメモリを売っている場合じゃなくなった」ということです。
背景にあるのは、11月に入ってから突如として発生した「先端プロセスを利用するDRAMの極端な品不足」。高性能なメモリを作るためのラインが、世界レベルでパンクしたか、何かが起きて供給が止まったのです。
その結果、メーカーは利益率の低い消費者向け(Crucial)を切り捨ててでも、企業向けに在庫を回さざるを得なくなりました。
DRAMパニックの複雑な構造
今回の「DRAMパニック」の原因は、たった一つの理由で説明できるほど単純なものではありません。しかし、今最も有力な原因として挙げられているのが、企業による「パニック買い(狼狽買い)」です。
綱渡りの生産体制
まず理解すべきは、最新メモリの供給体制がいかに複雑かという点です。
Micronが作っている製品――PC用の「DDR5」、スマホ用の「LPDDR5」、AI用の「HBM」、グラボ用の「GDDR7」――これらは全て、根本の技術(プロセス)は共通しています。
しかし、「パン生地は同じでも、クロワッサンと食パンとピザくらい作り方が違う」のです。動作周波数も、電圧も、インターフェースも、内部のセルの構成も全部違います。
さらに、最新の「1γプロセス」を作るのに必要なEUV(極端紫外線露光装置)を導入しているのは、台湾の「Fab A3」だけ。実際には台湾と広島の工場が協業していますが、最新メモリの供給体制は元々綱渡りだったのです。

椅子取りゲームの勃発
限られた「最新プロセスが使えるライン」を巡って、製品同士の凄まじい椅子取りゲームが発生しています。
メーカーは、限られた生産能力(キャパシティ)をどう配分するか、シビアに決めなければなりません。「今月は全体の20%をHBMに、50%をPC用DRAMに、30%をスマホ用LPDDRに」といった具合です。
しかし、ラインに流す製品を切り替えるには数週間単位のロスが出ることもあります。「はい、今日からDDR5やめてHBM作ります!」とスイッチ一つで切り替わるものではないのです。
Contract市場とSpot市場の崩壊
この危機を理解するには、メモリ業界の2つの取引形態を知る必要があります。
Contract(契約取引):表の世界
メモリベンダー(Micronなど)と巨大な顧客(Google、Apple、NVIDIAなど)の間で、「期間」「数量」「価格」を事前にガッチリ決めておく取引です。
世の中のメモリの大部分――サーバー用、スマホ用のLPDDR、グラボ用のGDDR、AI用のHBMなど――は、ほぼ全てこの「Contract」で取引されています。
メーカーにとってのメリット:
- 生産計画が立てやすい
- 材料調達がスムーズ
- 工場のラインを無駄なく稼働
つまり、メモリメーカーにとっての真のお客様は「Contractを結んでくれる大企業」なのです。
Spot(スポット):裏の世界
その場限りの「時価」で売り買いする市場です。ここには:
- 作りすぎてしまった在庫
- テストには落ちたが正常動作する「訳あり品」
が流れてきます。
あなたが秋葉原やAmazonで買っている自作PC用メモリの多くは、この「Spot市場」から流れてきたものです。GoogleやAppleに行けなかった「エリート崩れ」とも言えます。
ただし、これは「スーパーで売ってる形が悪いけど味は同じ野菜」のようなもの。だからこそ安く買えるのです。
市場の決定的な違い
- Contract: 最初に価格を決めるため、市場価格が高騰してもメーカーに旨味なし
- Spot: 時価のため、DRAM価格が高騰すればするほど売上は青天井
Contract市場のパンク
恐らく、メモリメーカーに対してDDR5チップの生産能力を遥かに超える量の注文が殺到しました。当然、メーカーは全部の要求を受け入れられません。
注文した企業(サーバー屋やPCメーカー)は納期遅れで製品が作れなくなるため、正規ルート(Contract)で手に入らないなら裏口(Spot)を漁るしかありません。
巨大企業たちが、本来は一般人や中小企業が使うはずのSpot市場になだれ込んで、DDR5チップを買い漁り始めたのです。
商社や代理店は足元を見て「プレミア価格」をつけますが、背に腹は代えられない企業たちは言い値で買っていきます。これが価格高騰の直接的原因です。
OpenAI買い占め説の真相
なぜContract市場への注文が爆発したのか?有力なシナリオとして浮上したのがOpenAIです。
韓国のSamsungおよびSK Hynixが、OpenAIと「とてつもない量のメモリ供給契約」を結んだという噂が業界を駆け巡りました。
衝撃の数字
米メディア「Moore’s Law Is Dead」によると、SamsungとSK Hynixは将来的に両社合わせて月当たり90万枚のDRAMウエハをOpenAIに納入する契約を結んだとされています。
これは現在の世界のDRAM生産能力の約40%に相当する量です。
パニックの連鎖
もしこれが本当なら:
- SamsungとSK Hynixは自社ラインを「OpenAI様のためのHBM」製造に全力投入
- 普通のメモリ(DDR)やスマホ用メモリ(LPDDR)を作る余裕がなくなる
- 世界中のサーバーメーカーやスマホメーカーが顔面蒼白
- 「Micronに逃げるしかない!」と殺到
- Micron一社で世界中の需要を受け止められず
- あふれ出した小口顧客がSpot市場に血眼で流れ込む
これが11月の価格高騰の正体かもしれません。
論理的矛盾と恐怖心理
ただこのシナリオには疑問点が残ります。
- OpenAIがHBMを買うのはNVIDIAのGPUと一緒に使うため
- つまり「NVIDIAが買うはずだった分」を「OpenAIが直接買った」だけ
- 世界全体の総量は変わらないはず
さらに、HBMが足りなくなるなら分かりますが、AIとは無関係な「スマホ用メモリ(LPDDR)」まで不足するのは異常です。
だからこそ、これは正常な需給バランスの結果ではありません。
「HBMに生産能力を奪われるかもしれない」とビビった各メーカーが、「念のために多めに確保しておこう」と走った結果のPanic Buyである可能性が極めて高いのです。
コロナ禍のマスク騒動の再来
思い出してください。コロナ禍の初期、マスクが地球上から消えた時のことを。
あの時、本当にマスクの生産量がゼロになったわけではありませんでした。「なくなるかもしれない!」という恐怖が伝染し、必要以上の量をみんなが確保しようとしたから、市場が崩壊したのです。
今回のメモリ騒動も全く同じ。実態のない恐怖が、現実の市場価格を破壊しました。
まとめ:現代の「メモリ恐慌」
「サム・アルトマンがPC用メモリを買い占めたせいだ!」というのは正確ではありません。
正しくは、「アルトマンの行動が、世界中の企業の理性を吹き飛ばし、メモリ恐慌の引き金を引いた」というのが最も有力な説です。
複合的な要因
- 先端プロセスDRAMの極端な品不足
- 限られた最新ラインでの製品間椅子取りゲーム
- OpenAI大量契約の噂による心理的パニック
- Contract市場のパンクとSpot市場への殺到
- 企業による狼狽買いの連鎖
これらが複雑に絡み合った結果、定番のCrucialブランドが撤退し、メモリ価格は成層圏まで押し上げられました。
私たちにできること
残念ながら、自作PCユーザーはメーカーにとって「誤差」のような存在です。ビジネスの規模で言えば、何かあった時に真っ先に切り捨てられる存在なのです。
今回の「DRAMパニック」は、まさに現代のメモリ恐慌と言えるでしょう。幽霊の正体見たり――実態のない恐怖が、私たちの財布を直撃しているのです。
この状況がいつ改善するかは不透明ですが、少なくとも「なぜ今、メモリを買うのがこんなに難しいのか」は理解できたはずです。


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